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死刑制度をめぐる議論と憲法9条   
投稿者:篠田 英朗 (東京都・男性・東京外国語大学大学院教授・40-49歳) [投稿履歴]
投稿日時:2018-07-12 18:36 [修正][削除]
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No.4198
 先週末、オウム真理教の死刑囚たちの刑の執行が行われ、大きなニュースになった。1995年の地下鉄サリン事件当時、私は留学先のイギリスにいたが、欧州のメディアでも大きく取り上げられていたことは鮮明に覚えている。そのため欧州の人々も、今でもこの事件をよく覚えているだろう。そこでEU諸国は、死刑執行の報に接し、被害者への同情を表明しつつ、死刑制度への反対を表明、つまり死刑執行を批判した。違和感が残るのは、EU諸国の動向を伝える記事に「戦後最大規模の死刑執行、世界に衝撃 非人道的と批判も」という題名をつけるときの「世界」という概念の使い方だ。この場合、「世界」ではなくて、「欧州諸国」だろう。他方、7月6日、大雨災害とオウム事件死刑囚の死刑執行と同じ日、「リンちゃん事件」の犯人に「無期懲役」の判決が出された。ベトナム人のご両親は、死刑判決を求めて署名運動をしている。欧州諸国が「世界」であって、ベトナムや日本は「世界」ではない、ということはない。

 もちろん世界の半数の国々で死刑制度は廃止されている。それに加えて、心情的に廃止に近く、事実上の執行停止をしている国々も多い。とはいえ、欧州以外の地域では、対応は分かれている、という言い方もできる。イスラム圏で死刑制度が廃止になる見込みはない。私自身、平均的な日本人とともに、死刑制度を容認する気持ちを持っている。しかし、このことが、「世界」に反しているとまでは思わない。そういうふうに単純に世界を「白黒」で分けるような問題ではないのだ。欧州に行けば、死刑制度廃止は、常識である。私は、そういう欧州人が嫌いかと言えば、そんなことはない。欧州人は付き合いやすいし、欧州は住みやすいし、今は日本より豊かだ。欧州には、実力がある。ワールドカップもベスト8から欧州勢だけになってしまった。寛大な移民政策と自由主義社会の魅力のなせるわざだ。価値観の共有は、統合力のある欧州の強さの源泉だと言ってもいい。私は死刑廃止論者ではないが、アムネスティの会員である。死刑廃止の点だけをとって、アムネスティの行っている素晴らしい活動を否定するのは、馬鹿げている。というか、死刑を容認するからといって、死刑廃止論者の意見を劣ったものとみなすのは、馬鹿げている。人間の命を奪う行為に、単純な黒白があるはずがない。死刑廃止論というのは、実は、「終身刑」導入論のことである。「死刑」の代わりに「終身刑」を課すべきだ、というのが、実は欧州諸国における死刑廃止論と呼ばれている思想のことである。私には、正直、どちらがいいのか、よくわからない難しい問いだと思う。

 問題なのは、議論の構図そのものが日本ではよく理解されていないことだ。日本の「法律家共同体」は、議論を深めるために、努力を払っているだろうか。「世界」は死刑廃止なのに、日本は「世界」から外れている、ただし「法律家共同体」だけは「世界」と一緒にいる、といった話になっていないだろうか。日本国憲法はフランス革命によって成立した、護憲派であれば「世界」と一緒だ、改憲派ならナチスの再来だぞ、みたいな話に持っていこうとしていないだろうか。日本には「終身刑」がない。結果として、大きな矛盾を作り出していることは、周知の事実だ。「無期懲役刑」では、実際には、30年くらいすると、仮釈放されてしまう可能性がある。理論上は、更生の可能性があるから「無期懲役」なのだが、実態としては一人の殺人だけだと死刑にならずに「無期懲役」になる、という習慣になってしまっている。殺したのが一人か、二人か、という機械的な算術で、「無期懲役」と「死刑」の差に振り分けるのが、日本の「法律家共同体」の「良識」となっているのだ。はっきり言って、優れた習慣だという気はしない。

 憲法9条をめぐる「法律家共同体」の「良識」と同じである。何のことはない。同業者だけの内輪で談合のように習慣を決め、その習慣から逸脱する者には人事上の不利益という制裁を加えるという仕組みで、司法界だか学界だかの権力構造を維持し、権力者が権力者のままでいられるようになっているだけだ。だが実態としてそういう習慣もあり、日本で死刑制度を廃止するのは、難しい。まずは終身刑を導入してみたら、大きく変わるところもあるだろう。「無期懲役」が減るだけでなく、「死刑」も減るはずだ。死刑制度を廃止する前に、実態として死刑判決を減らすことができる。とすれば、「死刑廃止」と叫ばず、「終身刑導入」を着実に説明してみたらどうか。実は憲法9条も同じだ。まずは9条を廃止にしなくても、「世論に沿った良識」を働かせて、憲法制定趣旨にそった運用または解釈確定のための改憲をすればいい。つまり自衛権の行使を認め、その行使主体の合憲性を明示する国際法に沿った憲法の運用または解釈確定をすればいいのだ。しかし、「法律家共同体」の「良識」は、そういうふうには働かない。「法律家共同体の良識」は、そういう柔軟対応を認めない。「護憲派」ではないとなれば、もう即座に「ナチスの再来」「ヒトラーに酷似」「戦前の復活」「いつか来た道」、要するに「軍国主義者」か「三流蓑田胸喜」、せいぜい「従米主義者」だと糾弾し、全否定を加えなければならない。法律家の方が率先して「I respectfully disagree」と言ってくれる社会にはならないものか。

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