「『吉田ドクトリン』に代わるもの」日本国際フォーラム理事長 伊藤憲一

  まもなくオバマ米大統領が来日する。大統領就任以来ほぼ9カ月が経過している。オバマ大統領については、就任前後に高い支持率を誇ったものの、ここにきて医療保険改革からアフガニスタン平定作戦までの内外の諸懸案の進め方について「何を考えているのかが分からない」と、その優柔不断ぶりを批判する声があがり、一般国民の大統領を見る目に変化が起こってきているという。「核のない世界」を訴えたプラハ演説でノーベル平和賞までとったものの、実際に「核軍縮」、まして「核廃絶」のために何らかの実績をあげた上での受賞でなかったことは、広く知られているところである。しかし、来日の遅れは、大統領のせいではない。自民党政権の退場がつとに予想可能であった日本の政治状況がしからしめた遅れであり、大統領としては、まさに「満を持しての来日だ」と言いたいところであろう。
  それだけに、この来日は、日本としても重視しなければなるまい。大統領としては、ここで日本の指導者の考えていることを直接確かめることにより、今後7年間の米国の対アジア政策の基調を定めたいと考えているであろう。私の30年来の友人である米国の著名な戦略理論家エドワード・ルトワック博士は、最近来日した際の日本国際フォーラムでの講演で「日本外交に助言したいのは、日本が早く『普通の国』になり、国際的な義務や責任を果たすようになることだ」と述べたが、「今のままの日本でいたら、どういうことになるのか」との聴衆の質問には、「米国としては、日本の協力なしにアジアで中国と対決するわけにはゆかない。米国は、中国に対して宥和政策をとるようになるだろう」と答えていた。
  たまたま日本国際フォーラムは、その政策委員会でほぼ1年間の時間をかけて審議してきた政策提言「積極的平和主義と日米同盟のあり方」が完成したので、さる10月22日に鳩山由紀夫首相に提出するとともに、翌23日付けの産経新聞、朝日新聞、日本経済新聞に一頁全面を使った意見広告として発表した。その英訳は、同日付けの本紙およびインターナショナル・ヘラルド・トリビューン/朝日新聞にも掲載されたので、お目に触れた方も多いのではないかと思う。この意見広告を見た全国津々浦々の多数の方々から郵便やメールやファックスでいろいろなコメントをいただいたが、そのなかで、私の心に残ったのは、私の尊敬する外務省のある先輩のくださった手紙のなかにあった「小生は、安全保障について、音楽同様、感覚の有無がその理解を決めると思ってきました」という言葉であった。「なるほど!」と、私は思わず膝を叩いて同感した。
  今回の政策提言は、私が指揮者となって日本国際フォーラムという交響楽団が奏でたシンフォニーのようなものであるが、聴衆の反応を見ていると、この先輩の言葉がじつに生き生きと実感されるのである。願わくば、鳩山首相を始めとする民主党政権の指導者たちが、この「安全保障の感覚」を身につけておられることを、神に祈るのみである。じつは、今回の政策提言のキーワードとなっている「積極的平和主義」という言葉を、日本で初めて使ったのは私である。1990年8月のイラク(サダム・フセイン)のクェート侵攻に対する私の反応として、「日本はこれまでの一国平和主義から積極的平和主義に転換しなければならない」というテーゼが出てきたのである。同年10月の国会に「国連平和協力法案」が提出されたが(11月には廃案となった)、私は衆参両院予算委員会公聴会などに公述人として出席し、賛成の自説を述べたほか、10月21日のNHK総合テレビの「日曜討論」では4対1の孤軍奮闘で「自衛隊の海外派遣」賛成の論陣を張った。1991年に上梓した拙著『二つの衝撃と日本』は、この間の事情を詳述している。
  さて、それでは「積極的平和主義」とはなにか。それは「消極的平和主義」の対立語である。「消極的平和主義」とは、まさに1990年に「国連平和協力法案」を葬り去った日本の平和主義であった。それは、「一国平和主義」とも呼ばれ、「日本だけが平和であれば、それでよい」という平和主義であり、「あれもしない、これもしない」と、すべてを否定形でしか語らない平和主義でもあった。さすがにあれから19年が経過した今日、自衛隊はイラクの土を踏んだし、インド洋沖で給油にも従事した。それはそれなりに、日本人がやっと学んだ国際社会の現実であった。しかし、それは及び腰の国際貢献、信念なき国際貢献である点において、依然として19年前の尾を引いているのである。今回の私どもの政策提言は、その点について日本国民に国際社会の現実とその中に占める日本の位置を直視するよう求めるものであった。
  では、「積極的平和主義」の理念あるいはドクトリンを掲げるとして、つぎにその意味する具体的な行動とは何なのであろうか。以下に、今回の私どもの政策提言の呼びかけの具体的な中味について、スペースの制約もあるので、その項目のみを掲げておく。さらにご関心のある方は、日本国際フォーラムのホームページ(http://www.jfir.or.jp)をご覧いただきたい。①「非核三原則」などの「防衛政策の基本」を再検討せよ。②米軍再編プロセスに協力し、集団的自衛権の行使を認めよ。③「武器輸出三原則」は根本的にそのあり方を見直せ。④国家の情報収集・分析体制を整備・強化せよ。⑤東アジア地域における対話と協力の主導権を握れ。⑥日米の対中戦略協調を強化・発展させよ。⑦日本の主権に対する現存する侵害行為を直視せよ。⑧「国際平和協力一般法」を制定し、グローバルな「集団安全保障」に貢献せよ。⑨核不拡散、核軍縮、核平和利用の管理徹底を並行して推進せよ。
  鳩山首相には、オバマ大統領来日の意味を正確に捉えてもらいたい。「とりあえずこの場をしのげばよい」との場当たりの対応は、鳩山首相とオバマ大統領の間に取り返しのつかない溝をつくることになりかねない。日米開戦の直前、近衛文麿首相は事態打開のためルーズヴェルト大統領との緊急直接会談を求めたが、ルーズヴェルトの不信感は大きく、近衛の願いは拒絶された。そうなってからでは遅いのである。鳩山首相は10月26日の国会における所信表明演説で「緊密かつ対等な日米関係」を強調したが、「あれもできない、これもできない」と「ノー」を連発することによって「対等な日米関係」を実現できると考えるならば、それは取り返しのつかない結末をもたらすであろう。それは19年前の日本が学んだ失敗を繰り返すことに他ならない。「消極的平和主義」や「一国平和主義」の幻影に惑わされるのではなく、「積極的平和主義」の旗をしっかりと掲げることを、鳩山首相には求めたい。


[『ジャパン・タイムズ』2009年11月13日号掲載「International realities demand switch to 'positive pacifism'」を和訳・転載]

なお、原文は以下のリンクよりご覧いただけます。
「International realities demand switch to 'positive pacifism'」
http://www.jfir.or.jp/j/info-research/ito/091113.html

伊藤憲一(日本国際フォーラム理事長) 伊藤憲一  日本国際フォーラム理事長
 1938年東京生まれ。1960年一橋大学卒業後、外務省入省。在ワシントン日本大使館一等書記官、アジア局南東アジア第一課長歴任後退官。日本国際フォーラムの創設に参画し、1990年より理事長。青山学院大学名誉教授、グローバル・フォーラム執行世話人、東アジア共同体評議会議長を兼任。