現在は首脳外交の時代である。国家の命運は、首脳の外交力に依存する。これは、1989年の冷戦終了後、多極世界となり、外交が多角化しかつトップ同士の外交によって迅速に処理する必要性が大きくなったからである。国連総会の他に気候変動など各種の地球規模の問題、核不拡散、イラクやアフガニスタンへの対応など、あらゆる事項について多国間の首脳会議が増えた。アジア太平洋地域においても、ASEANとの首脳会議、東アジア首脳会議、アジア太平洋経済協力会議(APEC)、アジア欧州首脳会議(ASEM)、日中韓首脳会議等が誕生した。二国間においても、首脳同士の会合が増えた。伝統的な首脳の訪問に加え、上記のような国際会議の場を利用しての二国間首脳会談も増えた。
そこで問われるのが、首脳の外交力である。理念や哲学でリードする力、交渉術や説得力、各国首脳の信頼を得る人柄、世界のマスコミを通して国益を訴える発信力等が問われる。さらにはバックとなる国力や国内世論の支持が重要である。「外交は内政の延長」だからである。元首である大統領(ないし国家主席や国王)が政府首脳である国々では、長期の任期が保障されている。彼らは、その強力な権限と目立つ「顔」によって外交をリードし、国際場裏でも目立つ。米国はもとより主要国の大統領は、国際社会をリードしたいとの意欲をみなぎらせ、強烈に発信する。サルコジ大統領、胡錦濤国家主席、プーチン首相(前大統領)等は、この点で海千山千である。
議院内閣制下の首相は、最初からハンディを負っている。国内政情によって頻繁に選挙の洗礼を受けなければならず、内政の制約を受けやすい。それでも、英国、ドイツなどの首相は、長期政権となる傾向がある。ここ数年来のわが国のように、1年前後で首相が代わる国はない。
その原因の多くは、最近数代の首相たち、特に2代の民主党首相の資質の欠如にあった。鳩山首相は、軽々に普天間基地の国外ないし県外への移転の可能性を示唆してそれまでの14年間にわたる米国および沖縄との話し合いの結果を覆したが、結果は双方に不信感を残すだけに終わった。菅首相は、尖閣沖の中国漁船のわが巡視船への体当たり事件で国辱的な対応を行い、また胡錦濤国家主席との首脳会談では、テレビカメラの前で、メモを読むだけに終始し、内外の失笑を買った。
しかし、戦後の首相たちは、政治生命を賭して、サンフランシスコ平和条約の締結(吉田茂)や日米安全保障条約の締結・改訂(吉田茂、岸信介)、日ソ共同宣言による日ソ国交回復(鳩山一郎)、小笠原及び沖縄返還(佐藤栄作)、日中国交樹立(田中角栄)等で首脳外交力を発揮した。
レーガン大統領との抜群の信頼関係によってG8など首脳会議で光った中曽根康弘首相、クリントン大統領と普天間基地移転を決定し、さらにロシアのエリチン大統領との信頼関係により、北方領土の解決につかの間ではあったが光を投げた橋本龍太郎首相、ブッシュJr.米国大統領との信頼関係により日米同盟を強化し、北朝鮮への電撃訪問により金正日から拉致問題で譲歩を引き出した小泉純一郎首相なども、首脳外交力を発揮した。
では、首脳外交力とは何か?
まずは、首脳個人の資質である。政治家としての哲学や理念を確立し、首脳になるまでに経綸を養い、外交分野を含めて重要閣僚や党の要職で修練を積むことである。中曽根首相は、政治家になって常に首相を意識して研鑽を積んだ。首相在任中は、国際会議でも二国間の首脳会議でも、常に日本を代表しているとの意識をもって臨んだ。
首脳の外交力には、優れた補佐も必要である。首相にとって、特に重要かつ頼りになるのは、外務事務次官である。自民党政権時代は、外務事務次官は、毎週首相と官房長官のもとに赴き、重要情報を提供し政策提言を行い、また首相の指示を直接仰ぎ、首脳外交を補佐した。筆者は、村田良平外務事務次官(故人)の時代、毎週次官に同行して中曽根首相のもとに出かけてその謦咳に接した。中曽根首相は、外交経験豊かで情報量豊富、さらには優れた提言をする村田次官を信頼した。
外交補佐官の上手な使い方も、首脳外交に貢献する。筆者が内閣外政審議室長として仕えた橋本龍太郎首相は私をうまく使った。橋本首相の外交力は相当なものであり、政策通であったほか、鼻っ柱の強さ、思い切ったもの言いとそれを和らげるユーモアのセンスにより、各国首脳と伍してひるまなかった。しかし、首脳の身は一つだ。時宜に応じて、信頼する補佐官を首相特使として派遣し、相手国の首脳に会わせて直接自らの真意を伝えさせることは大事なことだ。
1997年2月、レバノンにおいて日本赤軍の生き残り5人が旅券法違反で拘束された際にはその引き渡しのために、私をレバノンの首脳(ハラウイ大統領、ハリリ首相)およびレバノンの死活を握るシリアのアサド大統領のもとに派遣した。同時期、ミャンマー政府民主化のための説得にも、私をキン・ニュン第1書記のもとに派遣した。97年11月にサウジアラビアを公式訪問した際には、他の湾岸諸国を訪問する時間がなかったので、私を首相特使として派遣し、5カ国の首長ほかの首脳に自分のメッセージを伝えさせた。
また、極秘の交渉のために信頼できる者を、首相自らが機動的に使うことが必要になる時がある。橋本首相は、知米派である外交評論家の岡本行夫氏を沖縄担当首相補佐官に登用し、普天間基地移転への県民の理解と国の支援を促進するために活用したが、対米折衝のためには、外務省の田中均北米局審議官を極秘裏に動かした。小泉首相の北朝鮮への電撃訪問を極秘裏で準備したのも、同じ田中均氏であった。
最近2代の民主党首相は、官僚を遠ざけ、各省の政務三役と党や民間から登用した官邸の取り巻きを重用し、各省庁の情報や知恵を活用しなかった。官僚トップの事務の官房副長官は、各省を束ねて政策調整を行い、首相の意を徹底する役割を持っているが、彼も遠ざけられてしまった。その結果、各省庁との連携に支障をきたし、首相自身の統治能力や外交力を損なってしまった。
野田佳彦首相は、鳩山・菅政権のやり方を改め、野党との協調路線のみならず、官僚機構をうまく使おうとしていることはよいことだ。
外交についても、わが国の顔として各国首脳とマスコミの前で堂々と振る舞い、国益上必要なことについては臆せずに主張し相手を説得する気概を持つべきである。また、官邸の補佐官たちや外務事務次官を積極的に活用することも有益である。
その上で、国連、G20、APEC、東アジア首脳会議等の国際会議、米国をはじめとする各国との首脳会議において、存在感を示してほしい。最後は、全人格を持って相手国や国際社会に訴える「発信力」が、野田外交成功の決め手となるであろう。
なお、首脳外交論については、拙書「首脳外交力;首相、あなた自身がメッセージです!」(NHK出版生活人新書)をご参照願いたい。
[「自警」2011年10月号「日本から見た世界 世界から見た日本 第7話」より転載]
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平林博 日本国際フォーラム副理事長
1940年東京生まれ。東京大学卒業後、1963年外務省入省。1991年から2007年までに、在米国日本大使館経済公使、次いで同大使館特命全権公使、外務省経済協力局長、総理官邸の内閣外政審議室長、駐インド特命全権大使、駐フランス特命全権大使、査察大使をそれぞれ歴任。現在、グローバル・フォーラム有識者世話人、東アジア共同体評議会常任副議長、日印協会理事長等を兼任。 |
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