国際政経懇話会

第288回国際政経懇話会メモ
「米国新政権誕生と今後のアジアそして世界」

2016年11月28日(月)
公益財団法人 日本国際フォーラム
グローバル・フォーラム
東アジア共同体評議会

 第288回国際政経懇話会は、中山俊宏・慶應義塾大学教授を講師にお迎えし、「米国新政権誕生と今後のアジアそして世界」と題して、下記1.~5.の要領で開催されたところ、その冒頭講話の概要は下記6.のとおりであった。その後、出席者との間で活発な質疑応答が行われたが、オフレコを前提としている当懇話会の性格上、これ以上の詳細は割愛する。

1.日 時:2016年11月28日(月)正午より午後2時まで
2.場 所:日本国際フォーラム会議室(チュリス赤坂8階803号室)
3.テーマ:「米国新政権誕生と今後のアジアそして世界」
4.講 師:中山俊宏・慶應義塾大学教授
5.出席者:25名
6.中山俊宏・慶應義塾大学教授の講話概要

(1)トランプ次期米国大統領選出

 今回の米国大統領選挙で、まさかトランプ氏が次期大統領に選出されるとは思わなかった。トランプ政権発足は、国際システム上の変化にもインパクトを与えるだろう。今年3月時点では、ブレグジットもトランプ氏選出も予測出来なかった。ブレグジットを目の当りにした米国民がトランプ氏を選ぶことは無いと我々は思ったが、結局、米国民はトランプ氏を選んだ。選挙では、トランプ氏のみが(米国民の)「根源的叫び」を聞き取った。人々の違和感、不満を煽って得票した彼は、保守でも革新でもなく、ニヒリストである。石炭鉄鋼等の旧基幹産業が衰退し、それらの産業に携わっていた40代以降の人達は今更グローバル化の波に乗れないし、適応出来ない。米国没落を容認したかのように見えたオバマ大統領を、人格レベルで全否定しているそれらの中産階級の人達が、トランプ氏を支持した。変わってゆく米国を容認出来ない彼ら(彼女ら)が、トランプ氏に投票したのである。トランプ支持層は、「レイシスト」というよりも、トランプ氏こそ「ラストベスト・ホープ」だと信じる行き場を失った白人層であり、(グローバル化の波に)取り残され、将来の展望を描けない(白人の)下層中産階級、いわば転落する恐怖を最も切実に感じている人達である。その変わってゆく米国についてゆけない、(エスタブリッシュメントから)嘲笑されている彼ら(彼女ら)が、トランプを支持した。開票前、「トランプが負けてもトランプ現象は残る」と言われていた。今回の選挙でトランプ氏が圧勝した訳ではないが、ここまでいくとは想定出来なかった。米国の分断は極限状態にある。トランプ氏勝利は、既成の概念が壊れたという意味では9.11級の激震および冷戦終了級の衝撃であった。なお、選挙結果は290対232でトランプ氏の勝利ではあったが、一般投票ではクリントン氏がトランプ氏よりも250万票(もしくはそれ以上)多く得票出来ており、トランプ氏勝利に過剰反応すべきではない。しかし、今回の選挙で、「白人」をあたかもマイノリティであるかのように投票所に足を運ばせることができれば、白人票を固めて大統領になれるチャンスがあることをトランプ氏が証明してしまった。

(2)米国大統領選挙とSNS

 現在の米国大統領選挙戦において、SNSは不可欠である。オバマ大統領は、米国選挙史上初めて大統領選挙でSNSを上手く活用した。トランプ氏は、ネット空間そのものが生み出したようなモンスターのようなところがある。トランプ氏は、ディベートではクリントン氏に3連敗したし、黒人、ムスリム、女性に関するタブー発言を続けた。クリントン氏は(ディベートには勝ったものの)徹頭徹尾振りつけられた候補であり、彼女の発言の背後には常に選挙コンサルタントの存在を感じた。それに対し、トランプ氏はツイッターで(本音をツイートし続けて)本物感を出し、それが勝因の一つとなった。また、デマのインパクトが想定以上に大きかった。フェイスブック上にはデマが多い。クリントン氏に関するデマと真実を見抜けないメディアリテラシーの無い有権者が多かったことも、クリントン氏を厳しい状況に追い込んだ。

(3)トランプ政権の顔触れ等

 トランプ氏は、共和党全国委員会委員長も務めエスタブリッシュメント系のプリーバス氏を首席補佐官に指名した。また、ブライトバートのバノンCEOを首席戦略官に指名した。ブライトバートはホワイト・ナショナリズムなどの危険思想を「ホワイトウォッシュ」しているとも言われるニュースサイトであり、そのCEOのバノン氏は不安の残る人材である。また、現在リベラル優勢の最高裁判事の顔触れが、トランプ氏によって保守派優勢に変わるだろう。トランプ氏を政策レベルではなく、人物レベルで受容れられない米国民が多いが、(人格否定の)反トランプ運動に民主党は便乗すべきではない。政策レベルの批判でないと、米国を混乱させるし、トランプ周辺も妥協模索を放棄するだろう。

(4)トランプ氏と世界

 トランプ氏は外交安保にほぼ関心が持ってこなかったが、それとは矛盾するようだが、ある種の世界観は一貫している。トランプ氏は、「米国の外の世界は穢れている。健康体である米国内に外の異物を入れたくない」という発想が強い。こうした現象は歴史上繰り返し生起してきた。トランプ氏は、国益を狭く捉えており、米国への直接の脅威や利益以外は認めていない。「グローバル主義の背後には得をしている奴がいる。グローバル主義は押し返すべき」と、トランプ氏は考えている。しかし、トランプ氏の外交は、必ずしも孤立主義ではなく、突発的、アドホックな介入主義とのハイブリッドとなるのではないか。その際、米国の介入が国際規範と合致しているかどうかという点への配慮は希薄になるだろう。トランプ政権発足後、世界の予測不可能性が高まるだろう。

(5)トランプ氏による対日発言および今後の日米同盟

 トランプ氏は、「日本は貿易に関して不公正である」「日本は防衛タダ乗りである」等と発言し、また、「日本による核武装容認」発言も行った。トランプ氏のチームには東アジアをしっかりと注視しているメンバーがいない。冷戦が終わり、ソ連に備えていた日米同盟を再定義しなければならないという要請の中、単に仮想敵国を共有する同盟ではなく、自由で開かれた価値観を共有する同盟、公共財を提供する仕組みとして日米同盟は再定義されてきた。トランプ氏はそのような価値の共有に依拠した同盟というナラティブを根本から覆してしまいかねない。日本周辺で事案が発生した際、トランプ政権は日本がアメリカに期待しているようなアクションを取るのか、そのことにクエスチョンマークがついたといえよう。誰が次期米国大統領になるのであれ、日本は日米同盟を基軸に考えていかなければならないが、トランプ氏当選によって、同盟が覆されてしまう危険性の深淵を覗き込んでしまった。トランプ氏の大統領就任後、日米同盟を見直すべしという言説だけが一人歩きしていってしまうような状況が想定できなくもない。少なくともノイズは相当大きくなる。日本にとって日米同盟はベスト・チョイスである。米国にとっても、日米同盟がベスト・チョイスであると(トランプ政権に)認識させるべきだ。

(文責、在事務局)